時計は集めていません。

かみさんもいろいろ時計を持っています。決して集めている訳ではありません。さらには、汗をかくと必ず金物に接しているところがかぶれるので、腕時計を常時身に付けられません。

そのくせ、私と一緒になっていろいろ買うし、まあ私も買ってあげたりします。
しかしながら、サービスセンターはわたしです。改まって店に修理させる程の値段のものは、ありません。DIY時計師な私が働く為には先ず買わねばなりません。直す為に買うものだからごっそり溜まって来る。売る目的はないからずっとメンテナンスをする。
普通ならチョットましな一流ブランドの普及品も買えないような額しか投じていないにも関わらず、数では一流ショップに負けないだけ寄り集まっていますし、全部実用実働です。


カナダの知人のもとにあそびにいくというので同行した時に、バリュービレッジという規模の大きな古道具屋が随所にあり、片っ端から回りました。その中の一軒で気に入って値切って求めたもの。店の人に気に入ったならそのまま買えといわれるのを、たくさん買うから負けとくれとすがり120ドルにしてもらいました。50年頃の「南京虫」。Bulovaはアメリカの一流ブランドでした。

ネットフリマでみつけたもの。Meloというスイスの銘柄が機械にみられるものの、ケースとは無関係。ケースは二つ割りでヒンジで繋がっていて、ぱかっと開きます。

10型と大きめ乍ら女持ちを強調されたデザインが珍しい。大体この様相は1900年前後のトライです。ケースは銀にも見えますが鉄です。凝ったケースメーカーのものに後に機械を入れ換えたと見ています。

このバンドは珍品ですが日本の50年代のもの。こういうふうにして使います。

15石の機械なのですが仕上が未熟で、動かすのが大変でした。


FrischというスイスのメーカーのCharlotteという銘柄。8型で7石。石の数で上下をいうなら所謂普及品で仕上も荒いです。ケースはベゼルとボディが一体で、裏蓋に機械がスッポリ入って割ると一気に出て来るタイプ。年代は1910年頃です。所謂安物でも庶民の稼ぎの3ヶ月分程度となると入れ込むのか、裏蓋には時計師のサインが無数にあります。大切にされた時期が長いようで、愛着が伺われます。

型のサイズは同じでも、ダイヤルを絞ってみせたりケース外縁を薄くすることで、同じ8型の他のケースより小さく見せることも出来ます。男持ちも女持ちも型で区別がなく、男性は頑に精度を追い易い懐中に固執した時代、ケースメーカーは穴場と見られた女性、特に男性が女性に向けて贈る需要喚起の為、女性特化を模索しました。これはその一例です。


有名なグリュエン・ベリシンの女持ち。60年代半ばです。モダンでストイックなケースに非常に素直な機械。いいマシンです。

没個性的ですが性能を表現するデザインとしては普通に見えるものが安心です。いつの時代も通用する形というと、こういう形だと思います。

ベリーシン(Very Thin)というと薄っぺらいかというと厚みは結構確りあります。なにをして薄いというのかがピンと来ません。でも一流ブランドの腕は流石で、手入れし易く歩みも確りした信頼のおけるものです。


セイコーシリーズ。60年代にはまだぼつぼつ生き残っていたパリスケース、顔を絞って文字盤をひと回り小さく見せるつくりの婦人物。

年代的には新しく、1940年前後のものです。バンドは後年のものです。取付部の金具は元々は後に出て来る「南京虫」の耳孔に掛けるようになっているものに、ラグ用のアタッチメントを与えてワイヤラグに引っ掛けてあります。

入手は本体(顔といいますが)だけで、手許のバンドから合わせたのですが、この式は結構いろいろ工夫が要ります。便利にされた時代はむしろモノが供給され得なかった間だけで、バンドのほうで追いかけて来るとたちまちカン式ケースは衰退していきました。


セイコーシリーズその2。やはり戦前の8型。こちらはステンレスのケースです。

これもやっぱり苦労してバンドを合わせました。

スモールセコンドは、4番という、ガンギに力を伝えている車の軸を文字盤上迄突出させて秒針としています。スウィープセコンドという、中3針の秒針を回すには、4番がもう一段別の輪列を回さねばならず、その為に時計の厚みも増します。整備も当然面倒になっていきます。やろうと思えば簡単に出来ることでも、時代はまだ防水側が高価で掃除の頻度も多く、小型の機械を無理に膨らませると汎用のケースに入らなくなる等不具合が次々出ます。それでも秒を表わす為、懐中では定番のこの方法が取られている訳です。

ステンレスは、プラスチックと同じく、この時代はまだ余り多くの用途を得ない特殊素材でした。プラスチックはこの頃はナイロンと呼ばれ、専ら不滅型時計風防として、主に懐中時計に使用された高級素材でした。理由は着色が出来ず透明なものにしかならないからで、カネに糸目がつかない分野では爆撃機の機銃座風防にも使われましたが、民生用としては充分高額が望める時計用程度しか宛先がなかったのです。ステンレスも同じで、硬く脆く溶接に慎重が必要なので、充分時間を掛けて切削しても割があう売上が見込める時計しかも側用途程度しか使い道がなかったのです。ステイブライトに比べ色合いが暗く、鍍金が乗せ辛いので削り目をそのままに仕上げて製品化するのが専らの手段でした。

セイコーシリーズですが時代が遡ります。1910年頃のベースメタルにニッケル鍍金のケースに入った8型で、やはり意識して女持ちに仕立てられているものです。時代のバンドは50年代初頭のもの。

鍍金は非常に仕上がりよく、剥がれも浮きもありません。流石は時計の仕事、最上級の鍍金です。

時計が高級な時代、時計の専門店があったのは流通の要となる大都会だけ。郊外に出ればもう時計だけで暮らすことは出来ず、眼鏡や宝飾と兼業とせざるを得ませんでした。使う工具が似ていることも手伝い、宝飾職が時計を、時計職が宝飾を兼業するのは苦のないことでもあり、時計宝石眼鏡という複合販売が定着して今に至っています。


スウィープセコンドのセイコーパープル。スウィープは2階建てのキャリバーを要求し、小さな時計では目方も厚みも増えます。幸いケースの設計がスウィープ迄見越したもので、ころっころの見かけは避けられています。上手です。

バンドはどんなものが似合うかなと百均のものをつけてみました。案外いいのでこのままいける。百均は意外にいいものを売っています。惜しげない値段でありながら、こうして仕上がると悪くないのでとても嬉しくなります。


年代は上と同じ頃、50年頃です。こちらはセイコーメリット。2針で気取らず控えめの感じです。

この頃の角形婦人は南京虫の影響もあり小さく極める例が記憶されます。1センチ位の極細な感じのキャリバーがたくさん残っていますが、精度、埃の侵入による故障の問題、さらには見易さという幾つかの問題を回避するにはあと3ミリ幅を必要とするようです。

このバンドも百均です....。実はこれらが寄って来た頃はもっとカネもありましたが、これと上のは旨く調子が出せずガラになっていました。ここにきて無闇と暇なので改めて手を入れて見ましたら要はカネがある時は単に忙しくて手が回らなかっただけのようで、いい歩みを出せました...。その代わり、カネがないので百均バンド、ということかな。


アールデコの時代は丁度時計も過渡期です。技術の進歩から1/2型等小型の機械が作られるようになると、にわかに時計は装身具としての可能性も見い出されて来ます。注視する姿から「Watch」という呼称を獲た懐中時計の時代は長く、主にそれは男性の活動の伴侶でしたが、女性も時計を身に着ける習慣がぼつぼつ出て来ます。それでも保守的な人た


南京虫
ちは女性でも小振りの懐中時計を用いたもので、特に女性の職場でもある医療現場等で脈をとってデータ化し易いことから普及していきました。同時に一般人の間でも、時計という高価な精密機械を持つことがステイタスと感じられ、男性からの贈り物としても大層喜ばれるようになり、腕時計は女性から一般化していったのです。
そこで極小さい腕時計が作られるようになります。粒のような出立ちのそれは見事な一点豪華の象徴となり、装いに関わらず身に着け易いということもあり好まれていきます。
日本ではそれらを称して「南京虫」といいます。即座に痒さを連想し不潔感も伴ういや〜な呼び名ですが、小ささとカタチから、その美しさや愛らしさとは正反対の生き物の名を与えてしまう日本人の豊かな言語表現に感心させられてしまいます。
しかしながら当初のそれは実に高価で普通の人の手は届きません。1940年前後には欧米の裕福層にて主に進物として広まり、庶民への普及は戦後となります。

東京オリンピックの頃の南京虫、セイコーソーラー。ケースはベースメタルに白金鍍金で所謂高級品ではないのですが、普通の人も南京虫が持てるようになった頃のデコレーションウォッチです。盤面は15ミリ径程度で極小さい為、時を読むという用途そのものがなかなか厳しいですが、精密品を身近に使うことが先ず考えられなかった時代ですから、機械を持つことそのものが身を飾る意味で好まれた仕様です。

この程度の品は数千円で買えます。動くものも多いのですがちゃんと使うレベルにするには手入れが必要です。その料金は万単位になります。DIY出来れば元手は少なくて済みますが、壊さないで仕上がるようになるには30年掛かります。


スイスのロンジンが米国向けブランドとして20年代から用いているウィットナーの南京虫です。こちらは40年頃の作。時計そのものをブレスレットの埋め石のようにみせ飾った、14金のケースの仕立てで、ナイロンの風防の高級品です。

折りバックルをもつバンドも戦前のもの、今では実に手に入れにくい為貴重です。次々に寄って来る南京虫に備え、バンドを支度しておく必要が常々あります。この式は、細引きの紐なり革なりがあれば使える為、保守面で見ても便利なのですが如何せん新品は期待出来ません。魅力的な金具がついた新品を買って顔を外してバンドだけ使うこともあります。

最近クオーツで南京虫をやるメーカーが見受けられますが、機械の方が盤面より大きくなりがちで、ケースに額縁が出来てしまうのを宝飾で誤魔化したりしています。伝統の細引きバンドを再現してくれていて嬉しいのですが、側が太ることは南京虫の論理に反します。そういう場合はこういうことになってしまったりします。たまたま、とりちゃん様のお気には召したようですが..。

アメリカの名品ハミルトンの南京虫。結構古く1920年代のものです。鋳込みの18金のケースは大変重く、ガラスも鋳込みの研ぎ上げで実に豪華なのです。但し機械は少々未熟な上に凝り過ぎで、歩みを出すのに大変苦労しました。

こうしたものはある時期からぱったり使われなくなって今に伝わるもので専ら不動での入手となります。小さすぎるパーツ群は個別に工房で製作するのは不可能で、完成度を重んじたり忙しかったりする店では開けても見てくれない例が多いことと、金を掛けた割には仕上がりが望めない大冒険にもなります。DIYで起こすのが基本です。きついですが。


メーカー不詳、銘柄はCaravelle。こちらはとても新しく、恐らく70年万博の頃のものです。よって大変元気です。とても小さい盤面ですが桁外れに凝っていないので見易く、時計の機能は充分果します。

コインメタルに鍍金なのですが、金とか銀なら案外簡単に鍍金出来ますので無垢で傷だらけよりはずっと安心です。

これは市内の吹奏楽団にちょこっと混じった時に知り合ったお友達へ将来お餞別として差し上げる予定で余念なく整備しており、マメに動かしています。こういうものは相手を選ばないと差し上げられません。その後も整備に送リ付けて頂けるようなお付き合いになれば時計も幸せです。



古時計の問題はバンド。バリスカンケースに至っては旨い具合のものは今は全くないので折を見てまとめ買いします。南京虫も然りで、金具さえあれば自作が可能でも肝心の金具が見当たらない..。目につくと買っておきます。