Q:弓はどのようなものを選ぶと良いでしょうか。
A:
 うちのように組み合わせ商品にしてしまうとついつい、付属品のように思われがちになるバイオリン系統の楽器の弓ですが、単体で立派な楽器です。通常、楽弓或いはボー、ヨーロッパに傾注する人はアルコといっています。大体のバイオリンメーカーは、バイオリンなりは作っても、弓を作る部門を持っていません。勿論大半の個人工房も、バイオリン作りと弓作りに別れて製品を生み出すものです。
 元々は順反りといって、張られた馬の尾の毛に対して山なりに反っているものでしたが、技巧的な作曲や奏法が好まれるに連れて、逆反り乃ち今の形になっていきました。

大変ですが、材料から先ず御説明しますか。
と申しますのは、弓の製造の第1段階は、材料の選択、まずこれで半分終っているようなものなのですが、良材の選択が全てなのです。良材の選定の技術を得るには、手作業の何倍もの年数が必要です。自作用に選定済の材を買うと、大抵マトモな弓の完成品より高いものです。

 棹の材質は、細い棹に沢山の馬の尾毛を張ってテンションを与えダンパーとスプリングの役割を担わせ、かつ、与えられた反りを長期間保つという幾つもの性能を課される為そうそう多くの種類はありません。専ら、以下が使われます。

●ブラジルウッド
正確には、マサランデュバという材木で、ブラジルのアマゾン地帯より産出します。普及品に専ら使われる傾向にありますが、それは産出量に所以するものであり、軽く扱い易いのでこれの良材を好む奏者も結構居ます。樹高は30〜40mになり、直径は1m前後の大木です。高密度なので、鋸挽き、鉋掛けは非常に困難。建築材としては釘打ちは不可能なので、道穴通しやボルト締めが必要になります。良材はその芯の部分に集中しており、楽弓は大体はここから作られます。外側はフローリング材等建築用に重宝されますので、珍材趣向から離れてみれば、結構エコな使いわけができる材料なのです。

●フェルナンブコ(ペルナンブコ)
やはりブラジル産でも産地が違い、アマゾン地帯ではなく大西洋側のフェルナンブコ州に産出する希少品目で、木の中に樹液成分を多く含んでいることが楽弓の能力を高めます。専用性も謳われる程良材とされ、上級弓は大体すべてこの材で作られます。
元々、ブラジルの国名の由来となった木で、ジャケツイバラ科の常緑高木です。学名Caesalpinia echinata。別名をフェルナンブコ、ペルナンブコ、パウ・ブラジルと呼ばれ、日本では昔はブラジルボクと呼んでいました。そういうことから、元々ブラジルウッドとはこちらのことだったのです。1540年にポルトガル人によってはじめて報告された木です。ブラジルとは赤い木の意味で、ヨーロッパで元々染料として用いられたインド原産のスオウノキのポルトガル名なのです。外見と用途が似ていたため、本種もブラジルと呼ばれるようになりました。心材からは紅色色素(ブラジリン)が得られ、元々ブラジルの主産品でしたが化学染料が一般化した為廃れたのです。
現在採集出来る程の自然生育が多く確認出来ない絶滅危惧種となっており、生産国ブラジルからの輸出は勿論一切の取引が禁止されている為、既存流通製材在庫が一部高級楽弓材やペン軸、高級雑貨用に用いられる程度となっています。

●スネークウッド
別名を Letter Wood と呼び、文字を並べた様な模様が出るのが特徴ですが、蛇の鱗の様にも見えたことから取引名になっています。美しいだけでなく大変硬く、バロック時代は好まれましたが、技法が変化し逆反りの弓が現われ出すと一旦人気は終息します。近年は、その硬い芯のある響きがポピュラーミュージシャンに好まれ、最上級の楽弓材として改めて復活して来ました。但し比重は水より重く、やや重めの仕上がりとなり、普通バイオリン弓のフルサイズでは65〜70gになりますが、使い味としては、腰は非常に強いのですが他の材のものと持ち替えると重量より柔軟性のなさが関与して振り遅れるような感じがしたり発音もガッツンガッツンしたものに思えますが、そのアクションを好む奏者もいるのです。
原木は直径25cm位にしかなりませんが外側はすかすかの皮なので削られてしまい、芯の部分だけが15cm径位の丸木杣材で売買されます。切削加工はおおごとで熟練が必要です。産地は南米のギアナ周辺でほんの少しあるだけの幻の木で、他の材木を採るとき見つかれば切り出す程度ですから原木価格は大変高価です。昔から木目の模様の良い物はステッキや傘の棹に加工されて異様な価格で売られてますが、稀少な為專らペン軸や装身具、喫煙具等の装飾用に、その木目と硬くひんやりした肌触りを楽しむ向きで使用されます。楽弓本体用としては特に目の詰った、細い棹にもちゃんと鱗模様が出るものが選ばれますので、重量単位の製品価格としてみればステッキより遥かに高額になるのは致し方ないと思います。

●紅木
これはスオウノキという、前述にあった本来染料をとる為の木です。品種的にはフェルナンブコと同じなのですが、産地の違いからやや軽く、目が粗めなので、楽弓にするには少し太めに加工されます。中国産の材から中国のメーカーが作り、安価に提供しているケースが多く、値のまま安物と思われがちですが、それは産地の物価の所為で、軽くストレスがないため入門者には悪くはないと思います。目の詰った芯の中には名木も見出せるのですが、沢山ある為良材も多く得られることから、この材で良品を作っているケースも多々あり、案外安物と片付けることも出来ないと思います。

この他、グラスファイバー(GFRP)やカーボンファイバー(CFRP)を使ったものも近年現われて丈夫で演奏性も良い為人気がありますが、音質面では疑問を持つ奏者も店も多く、これからどう認められていくのか楽しみな材料です。

手許の毛箱をフロッグとかフロッシュとかいいますが共に蛙を意味します。何故そう呼ぶのかは諸説紛々です。この部分の材質は専ら黒檀が用いられますが、ここだけをスネークウッドにしたり、鼈甲や象牙、獣の角を用いることもあります。毛を替える時の作業の安全性のことをいうと、木造の方が安心です。

先端をチップといいますが、ここには毛の先端部をとめる小さな毛箱を掘る必要があり、さらに楔を打ち込む為、補強の意味から、象牙や金属、樹脂製のプレートを貼付けてあります。勿論仕上がりを綺麗に見せる意味もあります。

張ってある馬の毛は、食肉馬のものがよいとされるのですが、余り馬を食べる習慣のない欧州においては、乗馬用の放牧馬のものが用いられます。弾力性と強さに加え、表面の滑らかなものがよく、楽弓用に採取するため、モンゴルの放牧地等では、尾にカバーを掛けている馬も居たりします。

ラッピングという持ち手の巻き付けには、絹糸に銀や金を被せたものや、金属の線材、プラスチックの甲丸巻き材、鯨の鬚が使われます。鯨の鬚は元々水中に居たものなので汗や湿気に強いので最良ですが、近年は殆ど採取されなくなって入手困難です。親指を当てるところには補強の革を巻き、滑り止めも兼ねます。ここは持ち手の安定性のみならず、弓のバランス調整をも担っています。先重りの弓には長く巻いたり金属線を使ったりし、先が軽い弓には軽い絹糸やプラスチックを使います。

俗にコシラエといっている、フロッグに毛を止めている輪や張りを調整するネジのボタンの材料も、クロムメッキの真鍮から金銀が使われているもの迄多々あります。専ら全体的な佇まいを整える為、巻きが金ならコシラエも金と、揃えられています。

材料の選択で大体先が見える弓の製造ですが、加工には今では専ら機械を使います。旋盤で棹を削り出し、角弓はその後面取り加工をします。機械を使うのには別の意味もあり、どの材木もとても硬いので手で削っていたのでは高くなるばかりでなく仕上がりにばらつきが出るからです。

 ようやく、何を選ぶかなのですが、弾き易いものを選ぶ、というのはもう王道です。バイオリンより高いものでも、手に馴染み貼り付きがよく安定して弾むなら、無理してでも買えといわれるところです。が、これは工芸品の最たるもので、製造途上にやり直しが利く部分が殆どないこと、際どい材料の為品質の安定に幾ら努力してもばらつきは否めないことから、よいものはそれこそ天井知らずの価格を呈しています。同じように見えるものでも、値段は本当に様々。決して高ければ誰にでもマッチするという万能性の価格でもないのですよ。

 迷いだしたらきりがないから、気付いてみたら何十本も溜まってしまった弓長者は大勢居ます。そこで提案です。

 数万円程度のアウトフィットセットに含まれる弓が、腰が弱いとか貼り付かないといっているのは、専らそのセットを求める人が初心者だというところから、ある程度弾き込んできた人にとっては物足りないという意味です。極論ですが、弾いたこともない人にあれがいいこれがわるいといっても、大体何のことか分かりません。また、どんな優秀な性能を持つ高価な弓を持っても、運弓そのものが出来なければ、場合によっては壊してしまうかも知れません。目の詰った良材で作られた高級品は、落としたりぶつけたりで割れてしまうこともありますし、高価な材料で慎重につくられた巻きを爪でずだずだにしてしまうかも知れません。しかしながら、安価なもの、特に毛替えの費用より安いものは、見かけが少々劣ります。歪みも多少否めませんし、腰という面では、幾つもの技法を習得する上で少し物足りないものである場合が多いということなのです。
そこで、当店では一部のセットモデルに、よりよい性能を認め、かつ必要以上に販売価格を上げない弓をつけています。物足りなさとは何かを研究して頂けるようにと言うのが気持ちの根底にあるのですが諄いことを言ってしまうと元に戻りますので、2本使って下さいという感じなんですね。

先ず、アウトフィットセットを求めた場合は、セットの意味を考え直して下さい。何も付属品としてその辺にあるものを適当に安かろう悪かろうでつけているのではなく、楽器の額にあったグレードのものがついていると考え当面使用してみて下さい。予算や入口の気持ちの問題で、たまたま安い楽器に安い弓という組合せを選んだからとがっかりするより、それでもこれだけやれるところまで研究して下さい。

 また、分数のバイオリンセットの弓ですが、材料がどういうものであれ木で出来ていますし、大きさに合わせて細めるにも幾ら何でも限度がありますので、小さい分数では案外野太く感じるものがついていますが、これは別に端折っている訳ではなく致し方ないことですので寛大にみて下さい。大体短くなれば腰は自然に強くなり、必要以上の張力も勝手に出てしまいますから、それを上質にしたところでどうかと。さらには、棹にしてもフロッグにしても、小さくなればなる程持つと言うより握る感じになってしまうのですが、それが必要な年代のお子さんは、性能云々より破損の可能性の方が高く、弓はバイオリンにくらべるとかなり壊れ易いものでもあり、むしろそのサイズの弓が幾らくらいするのか、折っても直せるかなどを気にした方が良いでしょう。小さな分数程、もし折ってしまっても、折れた部分が棹であるなら、綺麗にとはいきませんが実用レベルの修理は案外安く出来ますので、損傷箇所のささくれなどを絶対取らずその状態のまま紙筒等に納めて直ぐにお店で直してもらいましょう。専ら性能云々いうべきは1/8以上のサイズになりますが、この頃になればものをそれなりに扱えるようにはなっている筈です。

 楽器と楽弓を別々で購入する場合は、楽器の額の半額のものからと、長く論じられていましたが、近年主要素材のフェルナンブコの禁輸が強められ、入手量が激減していること、さらに大きな環境変化として、相当な性能の楽器が中国始めコストが低く出来る国や地域で左官に作られていることを鑑みると、楽器と同額乃至は少し上くらいから選んで下さい。流通品を売るお店で10万円の楽器を買ったら、10万円の楽弓を、取り敢えず迷わず買って下さい。但し当店のように作家から直接買い入れているものが多いお店では、お店の推奨を受けた方が御得です。

 また、ある程度値段を決めて弓を買う時には、重さにとらわれず、全体的なバランスを良く見て下さい。分からない場合は、お店に任せた方が安心です。どんな楽器店でも、余りに先重りの酷いものや毛の質の悪いものは安いものでも不良として落とすなり調整している筈です。

 以上は演奏するという面で楽器に接している人に向けてのものですが、演奏はもとより鑑賞したい気持ちが強い人は、金に糸目をつけず「見た目」重視で選んで下さい。見た目のよいものは、弓であっても、やはり性能の優れたものです。バイオリンという楽器は造形の美しさも合わせ持っている為、見て弾いてという、刀や銃のような愛で方をする人も多く、同時に多くの製作者にとって、そういう人は大切なお客さまなのです。優れた製作者は沢山の良品を作ってその腕を維持しますが、消費先が奏者だけではたちまち先細りになってしまいます。鑑賞する趣味も合わせ持っている方は、製造者にとってかけがえのないパトロンなのです。大いなる自信と権威を感じて、そういうお品選びもして頂きたいと思います。

 当店では、本来なら単体で販売されるべき価格帯、または製作者が分かっている単品もののバイオリンに対してもアウトフィット設定をしています。松脂こそ好みがあるので、ある程度価格が上がると別売としていますが、弓とケースはセットにする方針でいます。この場合の弓ですが、どうでもいいから何かしらを用意している訳ではなく、その楽器その弓の組合せで普通充分楽しんでいただける最上と思えるものを選び、調律の段階では付属させる弓個体を使用して発音させて、こちらであれこれ迷わないようにした結果その弓とのバランスを取り敢えず楽しめるという意味合いも含めています。よって安物をサービスしてはおりませんが、本体価格がある程度、ケースと弓の代価を吸収するように考慮しています。これは、うちの楽器の価格帯は、凡その場合ですがはじめて御持ちになる楽器になりうる可能性が高いと考えているからです。膨らみますが違う楽器でみると、ピアノなら、自然音にこだわり続けるなら何十万の出費と箪笥ふた張り分の場所づくりと床の補強が必要で、場合によっては何百万も掛かりますし、オーボエの類いなら、吹奏楽曲ダケと限らず何にハマルか分からない人だと、実際使い物になるのは実売80万以上の、穴とカラクリが揃っている楽器だけですので、天井知らずのバイオリンの世界のこと、この程度では誰が買ってもおかしくないと考えているからです。

 また、弓は整備の頻度が多いといわれ、耳年増になるばかりでコワゴワ接している人が大勢居ます。毛を頻繁に替えなければならないと思い込ませるいろいろなことが強力に威している模様ですが、弓よりバイオリンのほうが、ほうりっぱなしではずっと同じ音を得ることが出来ない、それこそ頻繁に調律しなければならないものですから、余り驚かずに普通にお求め下さい。

 弓の毛そのものが傷むのは、湿度による伸び縮みを繰り返して、毛の表面質の内側が劣化した現象を起こす為です。ノビノビになってしまったような感じですね。でも、弓を置く時に毛を緩める習慣をつけておけばかなり長期間気になる程の劣化は起きないものです。松脂の乗りが悪くなるのは、手で触ったり、弓の手入れを何らかの油脂で行った際それがついてしまった等の原因です。音が荒くなるのは、毛そのものよりむしろ、長期間溜まりに溜った松脂が発音性能を落としているので、毛が傷んでいるとも言い切れません。
 取り敢えず専門の業者としては、余り演奏しない人でも年に一度かもう少しペースを落としたとしても2年に一度位、良く練習する熱心な人(同時にヒマである場合もありましょうが)やプロフェッショナルは、半年に至らない数カ月で毛替えを行うことを薦めざるを得ません。
 これは、商売に繋がることを期待しているのとは少し意味が違います。無論そうあってくれると嬉しいのですが、大抵の場合はバイオリン教室にそれら整備を纏めて頼む人も多いのが実態で、それも一つのおつき合いの方法であることを理解しています。そういうことより、一番の理由は、奏者の整備におけるスキルレベルが全く未知だからなのです。30年バイオリンを弾いているという人が何人か居て、その全てが演奏だけをしてきたかというと、ある人は演奏についてのみ傾注して来ていますが、ある人は自作迄経験していたり、またある人は自分の楽器の整備は全部自分でやる人です。これほど楽しみ方がいろいろあるものに対して、こうしなさいと言い切らねばならない際に、何でも自分でやれる人向けに、適当な時に好きなようにすればいいんじゃないのというのは余りカッコイイ記述ではないですね。求められている枠の定義が全くないのはノウハウ書きとは言い難いですから、そういう言い回しがされています。だから、必ずそうしなさいと言うものではありません。同時にプロ的な上級者は、フロッグの位置が通常より上がったり下がったりすること自体気になってしょうがないでしょうから、何時も同じフロッグの位置で演奏出来る「毛の伸び具合」が利用出来るように、季節が大きく変わる時期に毛を替えておいた方が気安いということも作用しています。しかし、やはり誰でも皆そうしなさいというのは少し無理があります。
 専ら、普通暮らしの中で少しのたしなみ程度の人の弓に見られるのは、毛の劣化に伴う損傷より、虫食いです。新品の毛ならそれほど注意しなくても蟲に集られることはないですが、ひとたび松脂を打つと、これがまたそれら生き物には美味しいもので、好んで居着くようになります。毛を残して脂だけ食べてくれればいいのですが、松脂は摩擦熱で毛に溶着していますので、毛の表面層が喰い破られて強度が半減、それを断面全周やられると毛が切れ、久々の御対面時にはバラバラ切れ落ちているということになります。この場合は数本切れていても何処迄被害が波及しているか分かりませんから、真直ぐ毛を替えに掛からなければならなくなります。虫干しは必要な整備なのですが、バイオリンを弾いているというより持っていると言う状態になった人にはナカナカ気の回せる行いでもありません。
 よく弾く人の場合は、脂の蓄積が懸念の種になります。普通毎日1時間程度練習する人なら、週に2度も脂打ちをすればいいのですが、積もり積もって何百回となりますと、流石にオーバーコーティングになってきます。これを軽減するには、ちり紙を幾重かに折畳み、張った毛を包むようにして極軽く数回拭き取るというお手入れを、週に一度もやってみて下さい。大分蓄積が軽減されます。ごしごし擦っても意味はありません。また、アルコールやホワイトガソリンで拭うクリーニングをしてかなり復活させる方法もありますが、これは事後よく乾燥しなければならないことと、フロッグを棹から外してぶら下げて行わないと溶剤が弓について取り返しのつかないことに繋がりますので、自信のある方にしかお薦め出来ません。
 結局あれこれとやってみてもやはり毛を替えた方がいいと思えることはよくあります。特に思うのは新品を買って半年一年と使った頃でしょう。張っても張っても張り足りないような感触になったりします。それは、その弓自体が完成から何年経っているのか分からないものですから、先の劣化が、既に随分進行しているものだったりしたら、結構早くその時期が来ます。メーカーの倉庫に何年、店に何年とあるものも珍しくありませんから、新しいもの程毛替えのことを考えておいた方がいいものでも、あります。そこで毛を替えてみても、施工者の手許や材料屋の倉庫に長くおかれていた毛なら、また似たようなものだったりします。しかしそこまで追いかけても仕方ないですから、先の毛替えの頻度の推奨例となってきたりもしますね。

 でも、やはり、推奨は推奨です。必須という訳ではないですから、気楽に、使う人のペースと感覚に任せて考えれば良いと思います。人によっては毛を替えるより買い替えた方が安いものを使っている場合もありますから、毛替えか買い換えかを検討する場合もありますからね。

 毛替えのあと、新品の毛の途中に黒い何かが付着しているので文句をつけた、という話を聞きますが、これは毛替えの作業に、そういう保持器具を用いて毛の張りをその位置で出して弓のチップ乃至フロッグの毛箱に固定する方法を用いる施工者に依頼した場合によく見られる道具跡です。柔らかいゴムのクッションをつけたクランプで毛束の末端近くを挟んで、片方の毛箱に固定した毛に張力を掛け、フロッグの移動距離を有効に詰める大変結構な方法なので、むしろそういう道具を使って作業している施工者は大体毛替えの施工数も多く慣れているので安心して任せていいのではなかろうかというものなので、脂を打つ前に軽く拭う程度にしておいてご理解ください。勿論保持具を使わなくても上手に毛を替える人も多く居ますが、大抵は保持具を使う人より余計に時間をとらざるを得ませんので、どうも待っている間には出来上がらないようですけれど、どっちがいいかと天秤にかけることはなかなか出来ません。
 また、毛替えの作業そのものが弓を傷めると言われますが、まことそのとおりです。古来より名品が数多くこの作業の為にその寿命を終えています。ある施工者は毛箱に毛を固定するクサビにニカワやボンドを軽くつけて固定します。またある人は何もつけません。これはどっちがいいと言うものではなく流派みたいなものなのですが、先の人が施した毛を、後の人に替えさせると、糊付けしてあるから外せないといって鑿打ちで取ったりします。逆をやると、余りにしっかり嵌っているクサビを抜くのが恐ろしくてやはり鑿を打ちます。そうやるうち、二つある毛箱のどちらかを、パチ、と割ってしまったりするのですが、それを防ぐ為にも、成る可く同じ人に任せましょう。これはバイオリン本体にも言えることですし、時計や自動車等雑多なその他の品々にもいえますが、あっちこっちにサービスを頼むのはいい結果に繋がらないのです。当店ではバイオリンなら工場出立てのものか何処かショップアジャストが入ったものかは見れば分かりますが、弓の場合はなかなか分からないので、初替えかどうか尋ねます。同じように何方に任せる場合でも、初めての毛替えの弓はその旨必ず伝えないと、それぞれの施工法に対する手の付け方の違い何れにも安全な方法をとれなくなり、壊される結果になる確立が上がります。一見のお客さんの場合もまた、そういう注意をしなければならないのですが、お店によっては施工者迄そのことが伝わらないか、量販系の大型店では大体常連として店員さんに知れ渡る迄随分通い込まねばなりませんから、初めて任せる楽器店の場合も、こちらは初めてよ、と知らせる又は弓にその旨記して記名した紙を巻く等気を使って下さい。また、毛替えで壊されて補償されなかったという話にも出会いますが、案外毛替えの際の事故は然るべきリスクと理解されているものというのが常識になっているので、毛替えは危険が伴うものであることを覚えておいて下さい。破損の危険ばかりでなく、毛の調子が変わって、今迄通りのイントネーションを得るのに苦労するというのもまた、ありです。

 弓のボタン(ネジ)を緩めて外すとねじが切ってあるのですが、良く使っていると案外これが減ります。長もちさせようと油を注す人が居ますが、油がホゾに飛び散って棹を中から傷めますから、油に限らず液状の潤滑剤はお薦め出来ません。濃い鉛筆をねじに軽く擦り付けて潤滑しますと、かなり摩滅が防げます。

 このように、だらだらととりとめもなく長くなる楽弓のお話、役に立たないかも知れませんがそこをまあ無理に曲げて、御参考迄。四六時中上げ下げしてないとバイオリンは鳴ってくれないものでもありますから。

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