Q:楽器の調子が良く変わるのです

A:
 バイオリンに限らず、この一族の楽器は、日々様子が変わる、といわれても別に言い過ぎだとは思えないのです。
 原因は幾つかあります。環境要因と使用されることそのものです。

 環境要因のひとつは、この楽器属が現れた年代とその後の変遷の関係です。バイオリンたちは、17世紀の半ば頃、何の前触れもなくいきなり現れた新生の楽器なのですが、見方としては発明品です。それまでは、中国の馬頭琴から始まり、ヴィオールの一群に至る迄ありとあらゆる擦弦楽器はありましたが、バイオリンのような構造を持つものはなく、音色も独特で唱い易く表情豊かだった為か、一気に普及してしまい、折しも宗教音楽のみならず、サロン音楽・交響楽等が完成期を迎えていた為、なくてはならないものとされてしまいました。その他の管楽器類や、ピアノ、オルガン、打楽器類に及んでも、その後の工業の発展に合わせてどんどん進化し、当時のものとは似ても似つかないが便利で演奏性に長けたものに改造されて来たにも拘らず、バイオリンの一群は、ど〜やっても他にどうしようもないまま、今迄来てしまいました。この他にも、古楽器としては似たようなものもありますが、それらは古楽器としての居場所が出来ているし、ギターたちのように新しく、工業的な製品もどんどん現れたのに、バイオリンたちは、そのどうしようもない状態の侭、ありとあらゆる音楽に使われる憂き目にあいました。さらには古いもののが独特の経年変化で得ている性能迄実用されてしまっている為、今尚、どうにも改良出来ないまま生産されて売られ使われます。結局300年以上も変化していないということは、工業製品として、大変未完成な一面があり、それをユーザーがどうにかしなければならない状況を押し出しています。これは、原因の特筆するべき項目です。
 もうひとつは、昔はこうだった、という使用環境です。エアコンなどが普及したのはここ20年のことです。それまではあっても精々暖房。季節は1年という単位の中で4回しか入れ変わらない為、楽器は緩やかにその作用を受けていました。変化があっても年に4回ということですね。しかし、今は、一般家庭でさえも朝、人が起きだして来たら空調が入り、冬ならガンと温度が上がり時として加湿され、夏ならジトジトを除湿され温度がドカンと下がります。何分間かという短時間に、ごっそり辺りの様子が変わり、バイオリンたちにとってみたら、5分で半年経ったようなもんで調子が狂って当たり前です。まして、自動車等高速の交通機関であっちへこっちへ連れ歩かれ、行く先々で湿度も温度も明かり迄もが違い、殆ど白木で、古式ゆかしくニカワで糊付けされただけの脆弱なバイオリンたちは、ケースから出されると直ぐその変化に晒され、姿を保つのがやっとかも知れません。
 バイオリンが環境の変化に晒されると、アッチが伸びたり縮んだり、その所為でネックが上がったり下がったり、弦のテンションにも影響します。板の弛みや突っ張りは音響に即座に影響します。ペグが弛んだり締まったりもするでしょう。何時も演奏環境使用環境保存環境が「同じ」であれば現れない現象が起きてしまうのです。それに耐えられるだけの耐候性というか所謂安定性を構造で齎されるには、ギターの完成を待たねばならなかったのですが、それらもやはり、多少なり影響されますし、その年代に何故バイオリンたちが改良されなかったかというと、実は、その時代にはもう、バイオリン属の楽器の音と操作性は、そうであらねばならぬと決まってしまっていたからです。

 使用すること、そのものも調子を変えていきます。
 新しい同じようなバイオリンを、二人が同時に買ったとします。ひとりは週に1時間しか弾かない。もうひとりは毎日1時間弾く。前者はいつまでたっても楽器が馴染んで来ず良い響きが見えて来ませんが、後者は3ヶ月もすると買った頃とはすっかり様子が違います。様子が変わって来ると一旦調整をしたいところですが、大抵の楽器屋さんは、それなりの価格の楽器なら、ここまでは無料で面倒を見てくれます。それは魂柱をあわせる程度に留まらず、指板を研ぎ直したり糸の高さを直したりとあちこち大工事になることもあります。これは保証のようにも見えますが、実際の保証は剥離したり崩壊したりしない限り適用はしません。あくまでお客さんサービスで、その段階以降は全て有料となるものです。そこで何時迄経っても馴染んで来ない人も、仲間同士で揃えたからと同時に調整してもらおうとするでしょうが、楽器の方が落ち着いていないので無駄な骨折りに終るでしょう。この場合の変化は、楽器が立ち上がって来る為に現れるネック上がりを始めとする構造的変化と、材料そのものが振動で乾いたり緩まったりする質的変化です。自動車等の慣らし運転と同じと考えると見当外れです。これは、楽器が未だ製造段階だということで、製品としての完成度の低さの現れなのです。これは、やはり、発生した年代の、商品管理能力とか製造能力とか、それらを見越した開発力の足りなさから来ている特徴です。

 ある程度楽器が落ち着いてくれば、変化はそれとして捉え、マイナスを克服する演奏が出来るようになります。こちらは演奏する人の問題です。その為には、楽器のクセを良く知る迄弾き込むことで、先ずこれが解決の早道です。そうするうちに何度か調律を受ければ楽器の性能は追い詰められていきますので、どうにもならないところが現れますが、それもやはりその部分を認知して、その楽器個体向けの演奏をする必要があります。ピアニストやオルガニストでは、据え付けの楽器を試し弾きした時にそれを察知して楽器に合わせなければなりませんがバイオリニストやチェリストは自分の楽器を使えるのでマダましな方です。ちょっと様子が変わったからといっていちいち調整調律を繰り返していては、果たしてその楽器の特徴がどうなのかが結局分からないままになってしまいますから、変調はそれとしてある程度認めていかねばなりません。

 どんな楽器にも、必ず変調は見られます。木管楽器のキイが重くなったり、ふたの締まりが悪くなったりしたらその場で調整しなければなりませんし、時として割れて音が裏返ってしまったりしたら、またその場で修理しなければ仕事になりません。金管楽器でも管の長さが変わって音程が変われば、あっちこっちを抜き差しして合わせねばなりません。ロウづけが外れたなどという、現場では手当て出来ないトラブルに対処する為、予備も必要です。LMの楽器達に至っては、電気的な問題迄発生して愈々大変ですが、何とかせねばなりません。歌を唱う人は楽器を使わないから楽かというと、あべこべに体調を合わせねばならないという如何ともし難い状況に晒されます。
でも、開演時刻は決まっています....。
気の早い聴衆は、もうロビーをうろついてコーラなどを飲んで時間を潰しているでしょう。
ガンバッテ下さい、と、応援するしか手がないこともしばしばです。

もどる