Q:ハイポジションの音がネムタクなって困っています
A:
とうとう出て来たか、先生に聞いてよそう言うのは、といいたいところですが、今はバイオリンを対面で習うのではなく、テレビやビデオで演奏を見たり聞いたりし乍ら独学している人も多いので、案外早くこういう悩みにぶつかる人が現れます。メソッドに従って習っているのなら、それほど壁になる悩みではないケースなのですが、大体多分に、本来そういうプレイに至るべきステップは踏んでいないけれどもやってみたい、という好奇心からトライするも、旨く行かない、と思っておられることでしょう。ハイポジションというと、大凡バイオリンの場合はネックジョイントよりブリッジ寄り、つまりトップの上での運指ということになります。元々ネックというガイドがなくなって不安定コノ上ない位置の上、このあたりより先で弦の長さを詰める(指で押さえる)場所というのは、結構緻密なスケールになります。エレクトリックギターをみると、胴の上には殆ど指板がなく、ほぼ全長がネックの上にありますが、これは所謂ハイポジションが通常のプレイスケールであることを意味し、むしろその為に胴による共鳴はサスティンの増強の為極限迄押さえられていて、弦の振動のエネルギーが長続きするようになっているのですが、それだけハイポジションをあたりまえにする為に、非常に神経を使って高音域のフレットスケールを決定し作られているのです。コストの半分はその部分に割かれているといっても良いくらい、慎重に計測されていますし、フレットの高さや、峰のねじれに関しても、これ以上どうしようもない程慎重に仕上げられます。フレットがある、というのはこういうことで、バイオリンにはそれがありませんので、音を聞いて「ここだ」というところを押さえ音程として発する作業をしなければならないのですが、ここで、音が決まっていない「中間」の音程では、空いている弦の共鳴が誘えず、独り鳴りしている所謂眠たい、どの音程か掴み辛い音が発されるのです。
バイオリンの弦長には、バリエーションが認められているので、分数の小型楽器があったりするのですが、その一つ、例えばフルサイズ4/4を捉まえてみても、あの楽器は328mmにセットしてあるのにこの楽器は332mmだ、という違いをも容認しています。本来なら330mmでありたいところなのですが、楽器の出来上がりの相違、主にアーチの大小や、好まれる弦の鳴り加減、弦高の好みの違い等の理由で、駒をセットする段階で、テールピースガットの長さを変えたりし乍ら、駒位置も少し、ほんの少し、前後させることがあり、その結果、微妙に長くなったり短くなったりするものなのです。その設定は楽器が要求するものが殆どですが、稀に演奏者の希望によるものもあります。勿論、スケールが変われば微妙に、全ての位置、音階において、弦をプレスする位置は違って来ます。
そういう理由があり、バイオリンは、誰かにここを押さえなさいと言われ、やってみせてもらっても、楽器が違えばもう通用しないポジションということになりますが、それが顕著にあらわれるのがハイポジションなのです。
同時に、弓でこする場所を、上に行けば行く程、駒に寄せていかねばなりません。通常の鳴り位置からすると毛の幅に満たない位寄せて来るという感じなのですが、上がった分だけ寄せねば旨く発音しないことには気付くでしょう。これを自然に行わねばなりません。ここで悩み始めたらバイオリンをやって良かったと思って欲しい所で、音楽の習いごとというジャンルで見るならピアノと全く相まみえることはない顕著な違いとなり、お互いの双璧として右と左のエンドを形成している特徴なのです。
どんなプレイヤーでも、仮令職業演奏家でもですが、バイオリンを弾くのなら、時間の長短こそあれ「音を探す」動作はしているものなのです。上手いヒトの演奏には、音を探している動作等見えませんが、ちゃんと探して決めています。だからこそパチッと決まった高音を聞かせてくれるのです。もうそれが動作となって見えないだけです。初級者なら、「ニュルン、ニョロン」と音を高低させ探す箇所が目立ちますが、そこを通らなかったら「見えない音探し」の技術は手に入りません。ハイポジションならいわずもがな、微妙過ぎて必死に探すものです。恥ずかしがったらそれでお終いです。が、それだけではありません。ここから、バイオリンは何たるかを知らねばならなくなります。どんどん悩んで試すことです。練習量は倍増する筈で、下準備も必要になります。
其処から先は、バイオリニストとしての土台が本格的に必要になって来るところまで登り詰めたのですから、前のように喜んで頂くべきこととなるのです。よくぞここまで飽きずヘコタレずやってきました、というところです。ポジションの選択ですが、大方の、旧い、よく奏でられる曲目には、既に「ここで弾きなさい」というポジションが、作品ごとに譜面で指定はされていないものの厳然と存在しています。音の流れがそれを暗に指示することもしばしばですが、そうでなくとも、その弦のそのポジションの響きがその曲に相応しく、「初演の時から」決まっているのです。初級の練習曲には、そうせざるを得ないものは選択されていません。ただ単に「音の羅列を追う」テクニックだけを磨くなら、バイオリン奏者となるのに「まだ旨くあいさつも出来ない頃」から鍛える必要等ないでしょう。その長い時間の中で、譜面に記載される音列の再生のみならず、ポジションや、それが齎すニュアンス迄「標準形」として会得していく必要があるので、対面で習熟する期間が長く必要になると同時に、バイオリンという楽器の持つ奥深い可能性をありとあらゆるジャンルの音楽で引出す柔軟性も育てられるのです。
所謂ハイポジションプレイ、音が詰まっていて早いパッセージなら、「並べて兎に角逃げ切る」という素人特有のテクニックも生きて来ます。入場無料なら「それも結構」ですから、好んでそういう曲目を選べば、上手そうにも聞かせられますが、ハイポジションのロングトーンが山ほどあるゆっくりした流れが聞かせ所の出し物では、聞いて音を決めることこそ重要です。そこでヴィブラートが必要になる「ソロ」があったりしたらもう殺人的かも知れませんね。
で、どのくらい緻密かというと、弦長が330mmで合わせてある楽器なら1本の弦で3オクターブ出せるのに、それを332mm、つまり駒がずれたら2オクターブと7音しか出なくなる、となる位だと思って下さい。弦長は長い方がポジショニングは決め易いものです。音階間で間隔が拡がる為ですが、余り伸ばし過ぎると指板が足らなくなるだけでなく、弦のゲージは足らなくなるし、また旨く震えたとしても弦の振動のエネルギーが大きくなる為、楽器の方が受容仕切れなくなり、鼻づまりのような音の楽器になります。新作の楽器のキンキン音は、まだ充分馴れ切っていない材料の為比重が重く、弦の振動に付いていけない為なのです。また、もし、駒がG弦とE弦でずれて、どっちかが短くなっていたら、どんなに慎重に調弦しても、カタチンバになります。弦高と弦のゲージ(太さ)も関連があり、G弦とE弦の弦の高さが「おんなじ」だったり、差があってもゲージに適当でない場合も、駒がずれているのと同じ現象が現れます。このカタチンバは、愈々悩ましいポジションのずれとして、ハイポジションにおいては全く運指を妨げる、つまり上達を遅れさせる元凶となって立ちはだかるのです。何れの場合も、運指のみならず、ハーモニクス奏法にも影響して来ることですので、そこまで到達してしまったら、楽器を調整してもらい、弦ごとのピッチが同じになるよう整えなければなりませんし、その後得手勝手でその佇まいを変えてはなりません。まさに習得中なのですから、折角調整された楽器でも、弦を替えるのに全部の弦を一気に降ろして駒を外してしまうと「いちからでなおし」ですし、そこいらでうっかり楽器を買い替えたりすると、どんなに調整してもらってもなかなか同じ感じにならなのでかなり後退するハメに陥ります。でも、楽器によっては糸廻りの佇まいだけ調整しても、ハイポジション特有の所謂音が1本線で聞き取り難い発音を「通りよく」する為に、魂柱は勿論ですが胴の内側の構造自体に手をつけなければ諸々の苦労も結局無意味というものもありますから、ここで、仕方なく上級の楽器に買い替え、上達に備えるのが、まあ一般的、あとさきの良い結果が期待出来る常套手段でもあるので、先生の多くは、習い始めの時期に、推薦楽器として、持つ楽器を指定するのです。少なくともそれなら、後々は修理調整だけで事足りようと、よかれと思ってしていることなのです。楽器だけでなくヒトが使う道具は全てにおいて、そうであらねばならない決まりごとがあるものなのですが、バイオリンにもそれはあるのです。100円のねじ回しでもできる作業は沢山ありますが、2万円のそれでなければ絶対話にならない作業もあります。が、2万円のそれがあっても、それを使うべき作業を提供出来るようになる迄には相当な修行が必要なのです。しかし、やっぱり100円を卒業しなければならない時は否応なく、そのものごとに携わる限り、職業だろうと趣味だろうとやってくるのです。
なんだ、たいへんそうだ、やっぱりやめようかな...
なんていわずに
こっちをよんでかんがえてください。