Q:高く下取とか買取に出せるのでしょうか
A:
これもよく聞くお話です。
バイオリンに限らず、楽器は一般的には「雑貨」です。極一部、プロ奏者が使うような楽器、特にバイオリンは、専門のオークションで「時価相場」それも偉い額で取り引きされるものがありますが、一般の人や学生さんが使うような、何百万円かというものやメーカー品は、こうも入れ込むような御満足価格は算定されないものですよ。
百万で買った楽器を売りに出したら5万円しかつかなかったからがっかり、というのは、何も買い叩こうとしている訳ではないのです。普通店は新作(新品ともいう)を仕入れる時は、メーカー品なら定価からずっと低い仕入れ値というのがあるのです。作家から直に仕入れる場合では、定価がある訳ではないので、それが幾らで売れるかという想定から買価を決めるのです。共に見合わなければ仕入れないだけです。百万の定価の楽器だからと、何も90万で仕入れている訳でもないのです。大体そんなに信用出来て完成度の高い、そのまま売ってもOKというバイオリンはないでしょう。実際のところバイオリンの類いや木管楽器は、仕入れたまま売れるものは殆どありません。店は、そういうものでもそういう価格で売れるように手をかけるのです。管楽器なら一通りキイシステムのセッティング等を済ませれば良いですから、腕の良い人がいる店なら数日あれば何とか出来ます。バイオリンは、落ち着かせられる迄かなりハイグレードなものでも普通は数週間最低掛かります。中古楽器の買取というのは、そういう部分も織込んで、改めて流通させられる額というのが価格の規準になるのです。況してカタログに掲載されていて、誰でもそれを検討出来、在庫迄あり、何時でも売れる状況が作られている「モデル」の場合は、やはり新品の値段とは太刀打ち出来ず、その新品も大抵は割引価格で成約するものなので、一層目標額は下がります。専門店には、メーカー品の買取は不可、といっている店もある程です。但し、こと下取となると話は別です。より高額の楽器と買い替える場合、例えばこないだ5万円の楽器で世話になったが今度はその上の、50万円位の楽器が欲しいとなれば、3万円でお引取り、という「破格」があっても然りです。50万円の楽器を買った数年後、500万のオールドを買うとなると、買ったままの額で下取ることだってあります。それは、単に、利益の中に織込んでいるというだけの話です。どっちにしたって、5万円のメーカー品の中古を3万円で売り抜けられよう筈がないし、50万円だからといって、30万円で在庫落ちのバーゲン品を売る店だってあるので、精々知り合いの先生に初心者を紹介してもらうとか、お教室の貸し楽器に使う程度の利用度しかないのです。もし買い替える対象が10万円なら、いずれにしても1万円程度のおつき合い額でお引取り、となるもんです。
しかしながら作家ものですと、メーカーものと違ってカタログ定価がありませんし、元来流通ルートも「玄関巡りの買い付け」的なもので、結局完成度はユーザーやそれを最終的にいじった店やら工房やらの問題になって来ますから、買取る店によっては意外な値段をつけることもあります。これには、それに似た楽器を過去に幾つか良い評価とともに成約させた経験があったという経緯や、また、それを売ったお店、ということになるのです。この理由は、それが「幸先のいい楽器」というジンクスを背負っているからです。いろいろある手持ちの中で、先に売れた楽器はお客の目にとまり易いものでもあり、それに対する自信も持っているのです。「おかえりなさい」という気持ちでしょうか、はたまた、「きたきた〜直ぐ売れるぞ〜ヤッタァ〜」でしょうか。
ラベルを自信の規準にするのも無理があります。
「ストラディバリウス」というラベルを持つ楽器なんて何百万個と存在しますが、ホンモノという鑑定書を載せてオークションで取り引きされるものは二千個程です。本当の本物、ストラディバリ本人の作品で現存しているものとなると、その半分にも満たない数です。本人没後30年間程度は、息子達が父のラベルを使っていますけれど、これはその方が当然高く売れるから、出来の良いものに父の名のラベルを貼ったものですが出所は同じなので偽と言うのは余りに気の毒です。が、じゃあ何故そんなにニセモノがつくられたのかというと、その時代、主に19世紀末から20世紀初頭に掛けては既に、本当の本物のストラディバリウスは、一般の人の目に触れる所には一個として現れなくなって伝説だけが往来していた状態で、かつ人々の経済力も上がり、趣味としてバイオリンを楽しむ人も増えたところなので、「オレの、ストラディバリウス、だよ〜ん」という所謂ジョーク商品として売り易かったのです。つまり、ラベルフェイクは大層なものではないと言うことですが、その中にも、そんなことをしなくても、普通に楽器の性能で勝負出来るものも少なくないです。但し、その当時のバイオリンは、安価なものと言っても月給の三月分位はしたものです。
これは超有名なネタですが、そういう著名なオールドの作家のみならずコンテンポラリーという20世紀中盤以降の作家も多くが「偽物」を作られています。余り知られていないものの、コンクールで入賞した為に偽物が作られた作家も沢山居ます。この場合の偽物は、先のストラドの話のようにカワイイものではなく、明らかにその名を騙ってより高くどころか、その楽器の品質に見合わない高額で売り抜けようとしたもので、正直詐欺です。作家がこんな悪事に手を染めることは稀で、むしろ、買い付けた楽器商それも「稼ぎ逃げ」型のニワカ商い専門の商人が無銘の楽器に偽ラベルを貼ったのです。
これらは「ストラドやらデルジスやら超有名オールドを含めて」全ての専門店や質屋や諸々識者の鑑定を以てしてもそうそう見抜けるものではないので、余程の後ろ楯になる鑑定家の証明でもない限り、あったとしてもそれが疑わしい限り、悲しい話ですが「単なる古い楽器」としてしか取扱いませんので、音とか保存状態とかを基に値段を決めていきます。この場合、余り古いと却って具合が悪いのです。何時作られたにせよ古いのだから、剥がれたり割れたりと言う故障が何時起きてもおかしくないから、普通は値段等つかないのです。が、店は著名オークションハウスのキュレーターや鑑定書等を信用条項にして競り落とし販売するのが通例です。古いバイオリンの独特な甘く枯れた音は人工的には作れず、年月にしか創り出せない究極の加工で、それに対する値段ですが、その金で飯が喰えている人間はいないことを忘れないで下さい。
バイオリンの新品は音が悪いだの言われます。金切り声が出るとかいうのも新しいものにありがちですが、少し年数を経れば落ち着きます。初期的な故障も調整や修理を重ねて静まっていきます。バイオリンを育てるのは結局ユーザーであり、世話する楽器屋です。数年前習い始めに先生の勧めで買ったという、弓とケース併せて大体50万円程度の楽器をよく持込まれます。何ごとに於いても、今どき取り付きざまに50万円程度の買い物をしてもおかしくないですし、その程度の額のものなら、仮令どんなバイオリンであれ今時のものであれば大体、一生使える習い事の道具となり得ますから先生はそれを勧めてくれたのです。殆どの場合は百万のものを買えとは言わない筈ですが、これもまた、先にどれだけ続くか心配だからで、ある程度以上の年数付き合いが続いて、耳も育って腕も上がった教え子には、これから先満足出来る結果に繋げる為にと、オールドの購入を勧めたりしてくれますけれど、数年では、とても其処迄上達しません。子供ならある時突然ぱっと目覚めたようにステージを上げて来ることもありますが、大人の習い事ではそうはいきません。楽器の音が落ち着いて来た頃、きっと「おれってうまくなったなあ」なんて思えるようになる。そういう程度のものですよ。
だから、大体のお店は、そういう楽器を持込まれても、普通の買取額を提示して、持っておいたほうがいいよ〜とかいって、やんわり、買えないことを示します。
これは、意地悪や商魂からではなく、アマチュア奏者としての真意なのです。折角接した「いいもの」を、やたら手放すものではありません。今は飽きていても、きっと暫くしたらまたムクムク目覚めて来るものです。それが大人の趣味だから、それでいいんです。バイオリンなら、犬やワニと違って、ほっといても死んだりしませんし、襲っても来ません。それでも買って欲しいと仰るなら、お買い上げ申し上げます。この場合「商売」なので、ちゃんとあとで飯が食える額で頂戴します。何卒ご了承下さいませ。
※今時のもの、という表現がありますが、実際30年前と今とでは流通の構造自体が全然違いまして、昔は指板の材料のエボニー等そうやすやすと入手出来なかったが今はちょっとましなホームセンターでも買える、という位違います。一式アウトフィットで50万というと、まあ「給料の三月分」なのですが、昔のそれと、今のそれでは、ダイブン御品の出来が違いまして、昔のそれなど今どきは、見つけるほうが大変な位の低質な製品なのです。
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