Q:傷をつけてしまいました。直ぐ修理しないといけないですか。
A:
先ず、覚悟して頂きたいのは、バイオリンやビオラは手で持つ道具です。落としたりぶつけたりというのは当たり前のことで、無くせということ自体を人間に告げるのは酷です。チェロやバスとなりますれば、その他要因から齎される「被害」も見当に入れておかねばなりません。
また、この工芸品は、秀逸なもの程「新品のうちから」瑕を持っているものです。完成から数年経ちますと、正しく調合されたニスは凡そ殆どの場合表面に「縮み割れ」が生じます。階層を重ね、都度調合が変えてあるのは、それでも引き割れを起こさず塗膜を引き延ばせるようにであり、割れない塗装より割れる塗装のほうが、そして割れ目が引きずって延び広がっているような状態がよいものだともいえるのです。
何故こう申し上げるかですが、最近とみに、楽器に傷があるとか、塗装の傷みがというお話を聞くからです。
最初から瑕があるならそれはそれで結構なことでもあります。バイオリンにはもうもともと中古という概念がありません。業界は全てそれが規準になって成立しています。当初駄作と思ったものも、店と奏者を行き来しているうちに仕上げられ、実力を上げることがあります。逆に良作と思われ高値を与えられたものも、使い潰されることがあります。いずれにせよ、あの「激しい演奏」を生き残る為には、奏者と店の平均した愛情が注がれる機会を得られるかどうかに掛かって来るのです。瑕があるそれは、店頭にあるうちから誰かが演奏したりいじりまわしたりという機会があったものなのです。その時点から可能性を見い出され、時には貸し出されたり、或いは長く購買を検討する為にある固定のお客さんが通い詰めている等店側が「商談中」という儀礼を全うして他の商談を止めていたり(数年以上に及ぶこともあります)しているかも知れないのですが、そうして人の手の内にあるなら、瑕くらい幾らでもつきます。時には落とされたり、激しくぶつけられたりして早速「修理」となる場合もありますが、これが機会でまたパフォーマンスを求める「加修」を施したり出来ます。
時として、店にある楽器が無銘で瑕だらけなのに値札がヨイ、というのに出逢われたりしますが、事故等の後見捨てられ店が引取って、試しに直していったらチカラを見つけられたモノだとも見て頂けます。これらは管などと違い、そうしたマジカルな部分も多分に持っている楽器です。
バイオリンの族の楽器は、幾つかの部材がたまたまニカワで固定してあるだけで本来はバラバラで正解であると理解すれば、くっつけてあって手に取って演奏出来ればそれで先ずよし、と考え、余り見た目の瑕や荒れ等で判断しない方が無難です。修理を必要とする傷害ですが、程度にもよりますしものにもよります。バイオリンを傷める原因に、「落とす」という完璧な取扱いミスがあります。落として困るのは、楽器の性能が変わってしまうことがあるという懸念です。駒や魂柱のズレ位なら、直せばそこそこ元通りになります。そこそこといううのは、完全に元通りにはなかなか出来ないということです。でも修理する段階では、元の音を追求するより、むしろそうして開く機会を利用し、さらなる成長を企図しますので、普通は悪い結果になって戻ることはありません。但しそう仕上がったことに気付かない人の方が多いのは勿論いうまでもありません。それは、壊した或いは壊されたという、罪悪感や被害意識、さらには経済的な損失(修理代は本体代より高いこともありますから)への無念が、そうした成長を観て楽しむ気持を押さえ付けるに充分な重量を持っているからでしょう。でも、自分の楽器をわが子とか大事な友達だと思って頂ければ、その程度のことで取り替えてしまう自分が余りに冷たく、もし自分ならそんな友達や家族とは居られないだろうことに気付くでしょう。音楽の勉強というのは、上手になんかならなくてもいいから、そうした強さや優しさを人生で活かす為にして頂きたいと思っています。
大体の事故の後は、篭った、曇った、立ち上がりが悪くなった、コードが混ざり難くなった等、演奏グレードによっては気になって仕方ない後遺症が残る例が多いのです。しかし、ほっとくとトップ割れ等さらに具合の悪いことが起きますから、落としたらお店にて検診を受けましょう。
こうした事故の後処理が、楽器の実力を上げる結果を齎すものです。落としてしまったからとか、割ってしまったから買い替える、というお話は、バイオリンの場合かなり?ですよ。そういうトキは、むしろ楽器がその機会を欲しがったと考え、受診して下さい。運弓のミスが多くて、フロッグがCバウツのエッジに当たって傷をつける人とか、エッジの小瑕を増やす傾向の人は、慌てて直してもまたやります。これはミスだけが原因ではなく、弦の並びと高さが誘発している可能性がありますから、傷がついたからではなく、楽器のセッティングを一度見直したほうがいいです。無論運弓の疑っていくのは弾く人としては当然なのですが、楽器の仕上がりに関してはやはり、数を見て知っているお店の仕事になって来ます。個人では、楽器の数自体を見ていないので、どういうカタチがいいのかが分かりにくいものです。これが分かっている人は、弾けない人でも上級者なんです。
ケースの中で弓が外れて傷付いたとか、机の角等に当たって凹んだ位は、ある程度増える迄そのまま使っていたほうが無難です。修理中に弾けない影響の方が大きいですから。もどる