Q:新品の楽器の鉄の弦がやらしいですが...。
A:
やらしいと言われてしまうと実もフタもありません。量産楽器のみならず、新作には大抵、スチール、いわば鉄の弦が張られています。これは、確かに、ある方向からの見方では、安価な楽器の場合に限ってはですが、一番安いからというのはひとつの理由です。しかし、見る方向を変えると、ガットやナイロン等持ちの悪い弦では困るのです。
受注を受けて、完成後即納入出来る場合を除く大抵のケースでは、バイオリンには在庫期間が必要になります。安価な量産楽器で、楽器店でなくても販売されるようなチャンネルの多様性が期待出来るものならそれでも結構足は早いものですから、値段に合わせた弦をあてがうのはコスト面優先と言うものでもありますが、ある程度の価格帯になって来ると、お客さんのお越しを待ち、試奏の後気に入ってくれたら買ってもらえると言うものなので、数カ月でヘロヘロに伸び切ってしまう弦は、保管用パーツとしての性能が期待出来ないのです。うちの場合は中古の楽器の弦もスチール弦に替えて保管しますが、これは特に、新作なら輸送のことも考慮して少し強めに立ててある魂柱が、幾度もの調整で追い詰められ、必要最小限の長さとなっている為に、うっかり弦を全部降ろすとぽろっと倒れてしまうものも普通なので、長く安定した張力を保てる期待からそうします。また新作でも、試奏に堪える(いい音を出せる)よう調整して店内在庫とする為、結果同じような現象を伴う為、やはり丈夫なスチール弦を好んで在庫管理用部品として使用します。
その、あまり良い印象を持たれないスチール弦ですが、音の大きさや立ち上がりを重要視する向きには必要なものでもあります。今やポピュラーやフォークソングからバイオリンに入って来る人はクラシックより多い時代で、よく研究されていいもの揃いになって来ています。価格が安いのは、鉄とその他材料では、一度に製造されるロットが違うからです。最近のシンセティック弦に使う材料は、大体200mが1コイルですが、鉄は2000〜4000mが1コイルと大幅に違います。ガット弦の材料は精々50m程度です。鉄とその他の素材各々の業界の違いがロットの違いとなっているそれら材料を求めた弦メーカーが外巻きやエンド加工をして装丁して供給となるものです。
またスチール弦は専らその張りが強く感じられますが、それは質量からくる差違で、細くても質量がある素材では強い張力が必要だからです。鉄は水より重いですが、シンセ弦やガット弦は水より軽い素材です。特に初心者のうち、弓のアクションの精度が期待出来ない間は、移弦で弓を乗せ替えるときのどさっという動作で起きる荷重の変化で音程がぶれ難いスチールの方が比較的満足行く結果を早く齎します。金属的な音がするという問題については、楽器の反応性も関与して来るかも知れませんが、結局は音をつくる本人側の問題なので、弦や楽器の所為にされるというのは少し慌て過ぎです。