Q:バイオリンは、もうかるといいますがどうなのでしょう。
A:
 多分そんなに儲かるならこんなショボショボやってませんハッハッハ。
 何処か解体中の家屋を見つけて、中にあるものが欲しいと願い出れば、大概の解体屋さんは、邪魔にならない範囲で歓迎してくれるでしょう。大抵昼飯の間だけなら、という感じですけれど、ごみが減りますから。そこで幾つか「バイオリン」を拾ったからと、手直しして、掃除して、売りに出したら一個三千円で売れました、なんていうのは、儲かったうちにも入りません。長く眠っていた、以前の手入れも手当てもそういう状態のものを使えるようにするには大層な時間が掛かりますし、費用も掛かります。三千円では替えた弦の代金にも満たないでしょう。大体において、もしそこの住人が余程高額で処分出来る楽器を持っていたとしたなら、それを置いたまま解体させることなんて有り得ません。

 何処にでもそう簡単にもうけ話が転がっているのなら苦労はしません。

 海外の楽器オークションでバイオリンを仕入れて、日本でそのキュレーターの文句や鑑定書を後ろ楯にそれなりの額で売り出したとしても、その楽器のその音その佇まいが気に入られ、額を容認されなければ売れません。幾らバイオリンは沢山の人が習っていて、音楽の習い事ベスト5に入っているようなカテゴリーだからといっても、何百万を稼ぎ出すものがそう沢山求められていると考えるほうがどうかしています。

 音楽は元来、奏でたり聴いたりする人がともに心を和ませるものです。そのどっちかが独り善がりで慰められる、というのもアリです。言い方は悪いのですが、どうとでもとれるものだと言い切っても良いと思います。

 商品音楽のジャンルだけを見ても、夥しい数に別けられることは、レコード屋さんにいけば一目瞭然です。どのジャンルが「最高」かなんてことは、考えるほうがヘンです。どれもサイコウなんですねそれを聴きたいと願う人にとっては。バイオリンは元々はバロック音楽から生まれた楽器ですが、多分生まれてスグ位には、民謡にもダンス音楽にも使われたでしょう。持ち歩きが容易ですし、音の表情が作り易い楽器であり、弾き乍ら声を出せる(結構重要)ので便利です。同時に、作るのに大掛かりな機械がいらないというのも有り難かったでしょう。それは今でも、趣味的に作る人などはひと坪に満たないスペースで完成迄の作業に足ります。楽器店では調整レベルなら「事務机」を片付けて行うのが普通です。
 ところが、幅広く使われるものだけに、独特の感性がその取扱いには求められます。製作も修理も調整も、バイオリンならではの感性がそれの完成度を上げていきます。何千万円何億円という値で取り引きされるような楽器も、その感性がなかったら、そこまで育てて来られなかったでしょう。名工、名手が共に愛してそういうものが今現われているというものです。大金をものに替えて貯蓄する「コレクション」に一旦下がった楽器が、その高みを守り続けられるかどうか。改めて「名手」に供するに当たり、余程の名工が再び心血注いで漸くか、「十人並みのものに成り下がる」か、そういうものなのです。

 常に大勢に「鳴れよ〜鳴れよ〜、鳴ってくれ〜」と祈られ続ける楽器は、自然に鳴っていきます。名手が与える振動と、名工が与える手入れと、聞き手が与える感激の三つの愛情(祈ってあげています)が揃っていて、「儲かるように見える」名品が生まれて来ます。

 楽器は、店の仕入れ値だけとってみると、割に低いものが多くあります。しかし、仕入れ値の安いものは、完成度も低いので、売りに出す迄にやることが多くなります。作っている期間より売る為に調整している期間の方が長いものも随分あります。楽器オークションに掛けられるような旧作の名の通っている品は、それだけ多くの奏者が奏で、多くの人が所有し、また多くの工人のサービスを受けていますので、大体やるべきことはやられ切っています。その上、年数が経っている分素材の質が変化していますので、独特の音響を発します。それを求めて店に並べ、元手に見合っただけ稼げる額を掲げて売りますが、買手が居ないまま何年も経つと経費倒れになってしまいますのでバーゲンしてしまいますので、結局元手を割ってしまうのです。
 何より、旧いものより新しいものの方が、機能的には安全ですから、どんどん新作が求められていきます。旧ければ旧いだけ、あっちが剥がれたこっちが割れたという損傷が発生し易くなりますから、長い間余り手が掛からない丈夫なもの、つまり、新しいものがそういう性能に長けているだろうと思われていますので、新しい作品が競合するのです。店は新しい作品も買うのですが、沢山のセッティング作業を要求する割安なものを買う店もあれば、そのまま舞台に持出しても仕事になるような割高なものを買う店もあります。どっちも同じような値段で売れたにしても、片方はその後いやに働いているし片方は全然儲かっていません。結局動いた分しか稼げないのです。

 喰える仕事、という見方も間違っています。今、世界で何処のバイオリンメーカーの楽器が一番良いかと言うと、それは日本だと思います。日本は、狭い地域にいろんな業種がひしめいていて人口密度も高く、何かをする為に何かをするマルチタスクな人生を送り易いのですが、バイオリンメーカーとして生きていきたい人が、仮令バイオリンで食べていけなくても、何かしら喰える仕事が他で出来ますから、「満足いくもの」に納得出来る迄じっくり取り組めます。個人の情熱次第で自然に良いものが出来ていくという仕掛です。企業のあり方ひとつとっても、専業というところは決して多くありません。次は、多分中国です。国家的バックアップを受けていますので、満足行く結果を出せる人が見い出され育てられ、どんどんその位置に就き、いいもの作りに専念出来る構造があります。イタリアやドイツになってくると、バイオリンの産地だと長く信じられて来ていますので買手も多く訪れますから、「売らねばならない」ストレスをどう凌ぐかが問題になります。なるべくなら他で出来たものでも良いから「売れるもの」を作り上げねばなりません。バイオリンを商っていると時々「うそぉ」と思うようなものに出会います...。どう見ても「何処の製品」なのに「どいつ製」となっていたりします。OEMというやつです。それでもそのメーカーのお眼鏡に適っているものなのだからか、全く悪いものではないのですが、「・・・・・」と、静かにならざるを得ず、複雑です。手工が高い、稼げると考えるのもどうかと思います。日本の最大手総合楽器メーカーはそのバイオリンのラインナップの説明に、最新の工作機械により、と声高に謳って主要部材の機械加工を示し、まあ結構な額を提示していますが、機械を使うほうが、安定した良い結果は得られるのだが高くつくことも示しています。人件費が安い方が同じ結果を得るにしても安いのですが、価値を自社製に置き、性能もよくするとなると割高な機械加工にトライする必要もあるという良い例です。出荷時の完成度は店としても満足出来るもので手間が掛からない替わり、儲かりもしません。パーフリングの手書き、なんて高度テクニックで滅多なことではやれませんねえ。クルマのピンストライプが手書き出来る名工は世界の名車メーカーにおいて手放せない人材、最高級車には手書きのピンストですもんね。プリントしているメーカーもありますが、完全手工のメーカーの人は、「いったいこれどうやっているんですか」と驚きます。溝をほって埋める方が如何に平易か...。何れのハイテク製品も、安定度が高く完成度も高く、同時に儲かりません。

 さあてどうやって儲けましょう。誰か教えて......。

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